弘化二年(1845年)、善光寺街道入口山田村(現名古屋市北区山田)にて初代大阪屋善兵衛が酒造業を始めて以来、代々越後杜氏の技を活かし、手作りを心がけた酒造りを致しております。また、名古屋の数少ない酒蔵として、地元の皆様よりご愛顧頂いております。 屋号の「金虎」は名古屋城名物の金鯱と、三代目善兵衛が寅年であった事より命名されました。 その後、昭和20年5月の空襲にて名古屋城と同時に蔵を焼失し、現在は名古屋城本丸御殿の再建を願って吟醸酒「本丸御殿」を造るなど、名古屋城と浅からぬ因縁を持っております。
弘化二年(1845年)、善光寺街道入口山田村(現名古屋市北区山田)にて初代大阪屋善兵衛が酒造業を始めて以来、代々越後杜氏の技を活かし、手作りを心がけた酒造りを致しております。また、名古屋の数少ない酒蔵として、地元の皆様よりご愛顧頂いております。
屋号の「金虎」は名古屋城名物の金鯱と、三代目善兵衛が寅年であった事より命名されました。 その後、昭和20年5月の空襲にて名古屋城と同時に蔵を焼失し、現在は名古屋城本丸御殿の再建を願って吟醸酒「本丸御殿」を造るなど、名古屋城と浅からぬ因縁を持っております。